4月12日のドクターG

ドクターGを見てます。熱がないにしても、急性発症、幻視など、この経過から統合失調症の疑いと告知する精神科医なんているんだろうか。医者にもよるだろうけど、なんか精神科医の能力を低く見積もられてるようで嫌だな。これが総合診療医の精神科医に対する見方だと思うと、もっと気になる。
 もう一点気になったのはる腫瘍随伴症候群と診断して、最後に映った文献が抗NMDA受容体抗体脳炎で、その後の経過の説明は後者のように見えたこと。誤解を生みませんか?

この30年間に得られた精神医学における生物学的知見

ある精神科医から「この30年間に得られた精神医学における生物学的知見で、臨床に役立ってるものがどの程度あるんだろう」と言われた。たしかに病態と検査に関してあまり意義あるものはない。治療でSSRIやSDA、m-ECTなどはどうであろうか。SSRIは適切に使われれば進歩であろうが、副作用が少ないかのように宣伝されて、今日のように不適切使用が増えると精神医療全体に貢献しているとはいえないように思う。SDAやm-ECTはSSRIのように不適切に使用されないという条件で、精神医療に貢献しているといえそうである。

「あなたのお母さんではないけれど」への違和感:自殺予防

自殺対策の睡眠キャンペーンで「お父さん眠れてる?」という言葉に、「家族のいない人や子どものいない人はどんな気持ちになるのだろうか」という違和感を抱いたと書いたことがあります http://kitasatomiyaoka.web.fc2.com/20120626kokoronokagakuotosannemureteru.pdf 。このポスターにも同じような印象をもちました。一部の人の考える「古きよき家族観」を前提とするこのような言葉、現在の自殺予防に本当はどの程度有効なのでしょうか。



こころの問題への素人的対応

会社にいけなくなっている社会人やリストカットを行った高校生に対して、周囲の人は「おれも入社したばかりの頃は苦しかった。頑張れ」とか「気持ちを強く持てば自分の体を傷つけなくてすむはずだ」などと「常識」にもとづくアドバイスをすることがある。一般の方だけでなく、教育職にある者や心理士、時には精神科医すらも、この「常識」的アドバイスをしているようである。
 一方、精神医学は、詳しく精神症状や生活歴を評価しなければ適切なアドバイスにつながらないし、しばしば常識的アドバイスが不適切なりやすいことを知っている。体の病気では、「肝臓が悪いなら、休養をとりなさい」のような「素人の常識」的アドバイスが、意味はあるにしても、治療の本質とは違うことを、多くの人は知っている。しかしこころの問題では、「常識」的アドバイスが意味をもつように見える場合が少なくなく、それが一般の方の精神的問題への対応を複雑にしているし、こころ問題の専門家においても、あまり勉強しないまま「自分は精神科治療ができている」という思い込みにつながっているのかもしれない。ひきつづき考えていきたい課題である。

過度の医療化 medicalization とは

「医療化 medicalization が過度になっている」と警告的に述べる人がいるし、私も講演などで触れることがある。精神科領域では治療の中心が薬物療法になってきたから医療化が薬物療法偏重と同じような意味に用いられるが、本来の精神医療には非薬物療法や社会資源の利用、コメディカルとの連携も含まれるはずである。医療化という言葉は薬物療法化とは区別して用いないと混乱しやすいように思う。
プロフィール

Miyaoka Hitoshi, MD., PhD.

Author:Miyaoka Hitoshi, MD., PhD.
北里大学医学部精神科
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