心身医学と精神医学

今月届いた日本心身医学会の雑誌を見ると20人の理事のうち精神科医は2(3?)人、私が積極的に参加していた頃とは隔世の感がある。学会がめざした方向性からみたら当然の到達点なんだろうけど、あらためてみるとちょっと寂しい気がする。この妙な棲み分けが、臨床も研究でも両方の進歩を妨げていると考えてよいかもしれない。

心療内科の独立

「近年の医学の進歩は身体を機械の一部品として扱う傾向を強め、精神面への配慮を忘れがちである。その穴埋めとして心身医学/心療内科が生まれた。だからすべての医師が精神面に適切に配慮するというよい医療が実現されたら心身医学/心療内科は不要になる。すなわち心身医学/心療内科は自らの役割をなくすことを目標にすべきである」。このあたりが1980年頃の慶應大精神科の考え方であり、私も賛成でしたし、現在も生きていると思います。厳密に言えば、学問としての心身医学は精神科医や内科医が研究を続けるべきであり、独立して心身医学を扱う科や心療内科は教育機能は担うべきかもしれませんが、診療科としてはなくなった時が理想の医療ということでしょう。

精神医学の中の心身医学

日本の心療内科の創始者とでも呼ぶべき池見先生がアメリカから帰国した直後、心療内科を作ろうと慶應の医学部に働きかけたという話を聞いたことがあります。当時の慶應精神科の三浦岱栄教授は心身医学は精神医学の一部であるとして、精神科の中に心身医学部門を作ったようです。事実かどうか、当時を確かめる術もありませんが。私も学生時代、池見先生の心療内科(中公新書)あたりを読んで、心療内科に憧れました。しかし精神科を選んだのは、この慶應に心身医学講座ができなかった経緯が非常に理解しやすかったことが関係しています。そして医師となって、医療事情がわかってくるにつれて、この時の選択は正しく、精神医学を専門にして、その中で心身医学を勉強するという形でよかったと感じています。学生に対して「心身医学は精神医学の一部である」という講義がもっとなされていいのではないでしょうか。何となく遠慮気味の精神科医が多いのが気になります。
 心療内科や心身医学という講座ができた大学の精神科は、紛争のような問題でもめていたり、脳器質疾患などの研究が中心で神経症的な患者さんへの対応が不十分だったりで、心療内科が精神科の不十分な点を埋める役割を担っていたという話も耳にしたことがあります。当時の三浦岱栄教授はそんなことも意識していたのかもしれません。
プロフィール

Miyaoka Hitoshi, MD., PhD.

Author:Miyaoka Hitoshi, MD., PhD.
北里大学医学部精神科
http://kitasatomiyaoka.web.fc2.com/index.html
http://www.facebook.com/profile.php?id=100002255894818

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR